早稲田大学校歌のトリビア (7)「久遠」は間違えやすい について知っていることをぜひ教えてください

facebook稲門クラブの鈴木克己さんの2021/08/08の投稿を許可をいただいて転載させていただきます。(転載する場合ご連絡ください。)


楽譜などで確認せず「口伝え・聞き覚え」で校歌が歌われていた時代に「あしこ→かしこ」といった歌詞の取り違えが起きてしまった、と以前お話ししました。実は、文字だけではなく、節回しや譜割り(音符と歌詞の関係)でも、うろ覚えで勝手に作曲された間違いが広まったことがあり、歌集の配布や歌唱指導が行われている現在でも一部で変な歌われ方をしている残念な事態が続いています。

まず先に、校歌の正しい・正式な楽譜はどれなのか?という話をしておきます。

一つは、1907(明治40)年に校歌が誕生したときに作曲者の東儀鉄笛が書き記した自筆の楽譜で当時配布された印刷物に掲載されている数字譜もこれに基づいています。

もう一つは、1915(大正4)年に作曲者の監修のもと、前坂重太郎が器楽で演奏するために新たに和声を付けて編曲した所謂「早稲田行進曲(早稲田マーチ)」と呼ばれる譜面で、総譜は残っていませんが、伴奏をピアノにリダクションしたヴォーカル・スコアが昭和初期の卒業記念アルバムに掲載されています。大きな変更点としては「かしこ」を採用したこと、2番の「理想の影は」を「りーそーの」という不自然な譜割りから「りそーーの」に直している点が注目されます(画像1・1例、2例)。逆にここの「そーー」を2分音符一つに変えてしまったために、1番「おん」と3番「らも」の「ん」「も」をどう歌うのかが曖昧になり、後述するように、何通りも歌い方が分かれてしまって混乱を招く結果となってしまいました。

つまり、1番「久遠の理想」・3番「空もとどろに」は作曲者自筆譜のオリジナルが歌いやすく、2番の「理想の影は」は前坂の訂正の方が歌いやすいという、一長一短なのです(画像1参照)。

現在大学が主に新入生向けに配布している「早稲田大学歌集」では、2分音符の脇に小さい付点4分音符と8分音符を重ねていますが、注意や解説がないため、1・3番と2番で歌い分けるのは理解しづらいのが難点です(本当は、ここだけでも別々に楽譜を挙げておくのが親切なんですが)。

入学式の前に合唱団(当初はグリークラブが独占していたが、1960年代からは混声をはじめ複数の団体が持ち回りで担当するようになった)による歌唱指導で徹底されるまでの間、世間ではもとより一部の学生も間違えていたのが、1番「久遠の理想」を「くーおーんの[ミファソーファミ]」ではなく「くおんーーの[ミファソーーミ]」と変えてしまう誤りでした(画像1・3例目)。

困ったことに、こちらの「変異型」の方がもともと日本語で作詞・作曲された歌のルールや特長に即しているため、自然とそういう風に歌われてしまったようなのです。

明治以来の軍歌・唱歌・流行歌などに詳しいソプラノ歌手の藍川由美さんは、著作の中で次の2点を指摘しています。

1.日本の歌は、歌詞の3文字目を伸ばす傾向が強い。

2.「ん」を母音のように伸ばして歌われることが多い(学術用語では「『ん』を準母音として扱う」と言う)。

分かりやすい例としては、日本古謡の「さくら」がそうです。3文字目で伸ばし、「見に行かん」と「ん」で伸ばして終わります。

一方、オーソドックスな西洋音楽ではn(ん)を伸ばしません。不定冠詞、名詞の複数形、助動詞、動詞の原形など語尾がnになることが多いドイツ語の歌を例に挙げますと、シューベルトの歌曲「野ばら(Heidenröslein)」の冒頭、

Sah ein Knab' ein Röslein stehn,

Röslein auf der Heiden,

「ザー アインッ クナープ アインッ レースラインッ シュテーンッ / レースラインッ アウフ デア ハーイデンッ」と決して「ン」は伸びることなく、母音のあとにそっと付けられるだけです。

東儀鉄笛は西洋音楽のルールに従って作曲しようとしたために、1番では「くおんーーーの」と歌詞をあてるのをためらって「くーおーんの」と譜割りを付けたようですが、「久遠の」ではなく「空音の」と聞こえてしまう難点が残ってしまいました。他方、前後の語句の配置に制約があるため、2番の「やがても久遠の理想の影は」では「やがてーもー、くおんーーーの」と「ん」を伸ばしており、このあたり鉄笛のためらいが感じられなくもありません。

ここまでの説明でお気づきのように、先ほど取り上げた「理想の影は」で「りーそーの」よりは「りそーーの」の方が自然に感じられるのは、「りそお」と数えて上述の「3文字目ルール」に馴染むからです。

前坂が改訂譜をこしらえたときに、1番の「久遠」も「くおんーの」と直してくれたら、さらに不自然さは解消されたんじゃないかと思いますが、器楽が専門で声楽には暗い「楽隊屋」の前坂としてはそこまでいじるのでは師・鉄笛への遠慮もあり踏み込めなかったのかもしれません。

かつて市中に出回っていた「早稲田大学校歌」の中には、東儀鉄笛自筆譜はもとより早稲田マーチも参照せず、そのへんで歌われているのをそのまま採譜したために、1番が「くおんーーーの」となっている楽譜や、オリジナルの「くーおーんの[ミファソーファミ]」ではなく「くーおーんの[ミファソーソミ]」と後半のファをソにしてしまった楽譜などもあったようです(画像1・4例目)。金田一春彦・安西愛子編「日本の唱歌(下)」(講談社文庫)に掲載されている早稲田大学校歌の楽譜も「ソーソミ」と間違っており、おそらく講談社か日本音楽著作権協会(楽譜の脇にJASRACのマークが付いている。刊行当時は相馬御風の著作権が残っていたため)の資料に誤った譜面が紛れ込んでしまっていたのが原因でしょう。お気にされた方は、どうぞ講談社に投書して下さい(笑)。

幸いなことに、入学式での歌唱指導が功を奏して、学生・校友の間では「くおんーーーの」も「ミファソーソミ」も現在ではほぼ根絶されたようです。ところが、口やかましく1番を叩き込むのはよいとして、当日の時間的制約から、2番以降をちゃんと教えなかった弊害が近ごろでは見られます。

これまた久遠なんですが、2番の「やがても久遠の…」を1番の歌い方に引きずられて画像2・2例目のように歌っている現役学生がこの十数年の間に増えているようなのです。お恥ずかしいことに、混声の(外向け)編曲もグリークラブ、コール・フリューゲルの男声4部の編曲いずれも、1番のあと2番を飛ばして3番をディヴィジョンして歌う仕掛けになっているため、2番に対しての注意力が散漫になっているようです。2007年の本学創立125周年の際、学内で久方ぶりに第九交響曲の演奏が行われ、アンコールで校歌をコーラス全員がオケの伴奏で歌ったら、ものの見事に2番の久遠を全員で間違えていて、全身から力が抜ける思いがしたものでした。

早稲田大学校歌には「久遠の理想」が1番と2番に2回登場しますが、歴代の誤りはここに集中しているようです。

 

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早稲田大学校歌のトリビア

 


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