目的

 なぜ、「軌道上で使用する手押運搬台車」の事を「トロリー」や「トロッコ」と言うのでしょうか?言いだしっぺを調べてみました。

結論(ごく簡単に)

 トロリー:いいだしっぺ=鉄道保線の英国人技師(筆者の確信・証拠文献は無し)

      明治20年、鉄道保線の規程である「営業線路従事諸員服務規程/修路掛等ノ職務」に掲載されました。その時の名称は「ツロリー」

      明治42年、その名も「「トロリー」使用規程」が制定される。

      但し、明治20年以前に鉄道建設工事中に英国人技師達が「trolley」と話したり、メモを書いていた可能性大。

 Truck:いいだしっぺA=茅沼炭鉱の英国人技師GowerとScott(明治元年前後)

    いいだしっぺB=ドコービル鉄軌関係者(明治13年頃)

 トロッコ:いいだしっぺ=残念ながら不明

      新聞では、明治19年に、鉄道線路建設工事の記事で「土砂運搬等に使用せるトロツク」と掲載され、明治31年に、鉄道工事で使用する土砂運搬車を「トロツコ」と書きました。

      

 

調査方法

 ①新聞検索:聞蔵2(朝日新聞)/ヨミダス(読売新聞)

 ②鉄道規程調査

 ③大型土木工事調査

 ④辞書調査

 ⑤その他

 

結果

①新聞検索:聞蔵2(朝日新聞)/ヨミダス(読売新聞)調査結果

トロリー・トロッコの初出年

・明治19年 「トロツク」(鉄道工事)

・明治26年 「ツロリー」(鉄道保線)

・明治26年 「トラック」(南洋諸島のトラック島)明治34年(自転車競技トラック)

・明治26年 「トロリー」(電気鉄道の架線 トロリー線)

・明治31年 「トロツコ」(鉄道工事・土砂運搬車)

・明治36年 「トロリー」(鉄道作業局の入札広告)

・明治43年 「トロ」  (鉄道保線)

・貨物自動車を表す「トラック」は、明治・大正ではヒット無し。

(残念ながら、「トロツク」表記の読みが「トロック」なのか「トロッコ」なのかは不明です。)

結論

・明治19年に、「トロツク」が出現します。(「トロリー」でも「トロッコ」でもありません。)

・明治31年に、初めて「トロツコ」が出現します。

・多くの記事が、運搬台車の絡む事故を知らせるものです。

 

②鉄道規程調査結果

・明治6年  「運用車」「運送車」(鉄道寮汽車運転規程・線路修繕方及諸職人規則)

・明治20年 「ツロリー」(営業線路従事諸員服務規程・修路掛等ノ職務)

・明治42年 「トロリー」(「トロリー」使用規程)

・大正5年  俗称として「トロッコ」「トロ」が明記される(札幌鉄道局・線路用器具備品類図集)

考察

 鉄道が開業した翌年の明治6年に、保線に関する安全作業標準の最初となる、「線路修繕方及諸職人規則」が定められ、運搬台車は「運用車」と表現されます。明治20年に「修路掛等ノ職務」に進化し、「ツロリー」となります。明治3年の鉄道建設開始当時は、主に英国人技師によって技術指導が行われ、規程とはならないものの、指導要領のようなMEMORANDAが作成・翻訳されていたようです。英人技師ホルサムが作成した「MEMORANDA FOR PLATELAYERS」日本名「鉄道線路方職務心得」が代表です。

最初の「鉄道寮汽車運転規程」も、欧米の既存規程を丸々借用・翻訳していたようです。

結論

〇外国人技師の発言や、メモに「trolley」があった可能性が高いのですが、確証は得られていません。

 (鉄道寮汽車運転規程の原典があれば確認できる可能性が高いと思われます。)

〇大正時代には、正式書類に「俗称トロッコ・トロ」と書かねばならないほど、現場では「トロリー」という言葉が使われなくなっていたと思われます。

〇現代では、「軌道から簡単に取外せる運搬車」というカテゴリーを「トロリ」とし、手押し運搬台車を「トロ」と規程しています。

 鉄道規程上は、「トロッコ」はずっと俗称扱いのようです。

 

③大型土木工事調査結果

・明治元年  茅沼炭鉱「鉄車・輪車」(英語ではtruck・car)(蝦夷恵曽谷日誌など)

 同炭鉱で軌道を敷設した英人技師Scottは、茅沼前に函館で洋式機械製材機を設置。茅沼後は佐渡鉱山で技術指導します。

・明治3年頃 鉄道土木「セビ車・猫車」(日本鉄道請負業史明治篇) 

・明治14年 鉄道土木「小低車(トラック)」(工学会誌第2巻)

・明治15年 鉄道土木「ドコービル鉄軌(軽便軌道)」(平野富二伝・内務省土木局臨時報告など)

・明治17年 ドコービルが米国業界紙の報告で、「台車=truck」「車両=wagon」と表現

・明治25年 鉄道土木「建築用トロッコ」(通運読本第47金原明善篇) 

 天竜運輸の木材運搬用軌道(軌間3呎6吋)

考察

 鉄道土木業界では、明治3年以来、土砂運搬方法に工夫を加えてきましたが、明治17年に鹿島岩蔵が、仏製ドコービル鉄軌を使用したことで、手押し土砂運搬車が様々な業界に広まりました。これは、明治15年前後に平野富二が専売権を獲得したもので、明治17年に足尾銅山に敷設されたインクラインもドコービルです。明治24年に専売権を放棄したと思われるのですが、ユーザーフォローの為、石川島造船所で製造したようです。同時期に民間最初の鉄道車両製造会社である、平岡工場が立ち上がり、天竜川で金原明善が日本で最初の木材運搬軌道を敷設する時、鹿島岩蔵が建設に協力し、平岡工場に「建築用トロッコ」を注文します。

結論

〇土木・鉱業分野で、外国人技師から「truck」という表現が使用されていたようです。

〇私見ですが、平野富二(石川島播磨重工生みの親)・鹿島岩蔵(鹿島建設生みの親)・平岡ヒロシ(民間初列車製造会社平岡工場生みの親)の内の誰かが、国内生産するドコービル方式の運搬台車に「トロッコ」という名前を冠した可能性があるのではないかと想像しています。

 

④英和辞書・辞典調査

英和辞書調査結果

「trolley」

・明治2年の辞書には載っていませんでした。

・明治35年では、小手押車(鉄道用材料などを運ぶに用いる)とあり、鉄道規程と同じです。

・架線のトロリー線はまだ載っていません。

「truck」

・明治2年には「交易」「重荷を運ぶ車」とあります。馬に曳かせる荷車です。発音は「トリユク」です。

 

OXFORD ENGLISH DICTIONARY 2nd EDITION 調査結果結果

「trolley」

  ・A low truck without sides or ends,esp., one with flanged wheels for running on a railway.  初出例1858年

「truck」

  ・A small solid wooden wheel or roller.  初出1611年

  ・A wheeled vehicle for carrying heavy weights; variously applied.  初出1774年

  ・A motor vehicle for carrying goods, troops, etc., by road.  初出1916年

考察

 「trolley」は、「truck」に比べると非常に新しい言葉であり、しかも、フラップの付いていない背の低い「truck」となっており、手押し運搬台車そのものです。

 「truck」は、車輪から始まり、重い荷を運ぶ荷車を意味するようになります。1896年にダイムラーが開発した史上初のトラックは、馬が曳く「重い荷を運ぶ荷車」に内燃機関を搭載したので、「Motor Truck」と呼ばれました。そして、どんどん改良され、第一次世界大戦時に兵員輸送車として「truck」が開発されます。

結論

 言葉の成り立ちが、「Truck」は、重い荷物を運ぶ荷車、「Trolley」は、鉄道で使用する低床truckとなっていた。

番外

 電気鉄道の架線をトロリー線と言います。これは、トロリー電車を開発した米国で、トロリーポールをトロリー線に引っ掛けて走行する姿が、まるでトロール漁の様だ、というので、trollyと表現したのが語源との説があるようです。日本最初の電車が米国製だったため、トロリーが使用されています。英国語では、「Overhead line」です。  

百科事典調査結果

 『日本百科大辞典』第7巻 ちゆ-につ(斎藤精輔/[ほか]編輯 日本百科大辞典完成会 1916年発行)を調べました。

この百科事典は、日本で最初の本格的な百科事典で、明治41年に第一巻が発売され、大正8年に最後の第10巻が発売されました。

1-6巻は三省堂が発行し、経営破綻したため以降は日本百科大辞典完成会が引き継いでいます。

〇「ておしぐるま」(手押車)[Trolley]464頁

「ドコーヴィール」上に於て手にて押し動かし得べき小なる車。俗に「トロ」或は「トロッコ」と稱せらる。主に土工用具として土砂の運搬に使用せられ、時としては材料運搬用に供せらる。大小種々ありと雖も、普通長さ三四尺幅二三尺高さ尺餘の木箱を臺車の上に乗せたるものにして、木箱はこれを容易に取外し、其中の土砂等を迅速に取り出し得。

〇「トロッコ」(Truck)1202頁

「トロ」及「ておしぐるま」(手押車)を見よ。輕運車の俗稱。

〇「トロ」1199頁

「トロリ」(Trolley)なる語より轉訛したるものなり。

〇「トロリー」[Trolley]1205頁

架空電線より電車内に電流を取り入るゝに最も廣く用いらるゝ聚電装置。トロリー或はトロリー、ホイール(Trolley Wheel)と稱する軟質砲金製の溝付輪(溝底の直徑三吋乃至五吋)をトロリー、ハープ(Trolley harp)と稱する承けに可轉的に取付け、該ハープを電車の屋根上に斜に立てたるトロリー、ポール(Trolley pole)と稱する中空の鋼鐵棒の上端に絶縁して取付け、棒の下端はトロリー、スタンド(Trolley stand)と稱する屋根上の臺に再び絶縁して取付け、此臺には撥條を用ひて棒を縦に起こす力を生ぜしめ、依て適當の壓力にて尖端のホイールの溝を電車線に壓接す。故に電車の進行に連れホイールは電車線に回轉接觸をなして電流を聚め、此電流はハープよりポールの内部を通過する絶縁ケーブル(Cable)にて車内に通ず。又ハープよりは索を垂れ、これを曳きてポールを上下す。架空複線式にてはトロリー二組を要す。

 

各種辞書調査結果

〇『百科全書. 陸運編』(ウィルレム・チャンブル ロベルト・チャンブル/編 文部省訳 明9-16)

 「ツーチド、トラック」「歯ノアル銕條」(ツーチド=touched/現在のラックレール/アプト式1893年敷設を示していると思われます:筆者注)

鉄道土木建築機械用語かな引明治30年発行 

 「trolley」=トロルリー=手押小車

 「truck/トロッコ」の類は載っていません。

〇『近代用語の辞典集成 24 日用舶来語便覧』(大空社 1995.9) 明治45年に出版された『日用舶来語便覧』の復刻版です。

 「トラック」Track(英) 荷物を運搬する列車俗にトロッコと云ふ。又は軌道の義。[ツラック]Truck(英) 

 「トロッコ」トラックに同じ

〇『日本外来語辞典』(上田万年/等編 三省堂 1915)

 「Torakku」1) 鐡道ノ線路.又,船舶ノ航路. Eng. Track       2) 貨車.荷物列車. Eng truck

 「Torokku」Torakkuに同じ。

 「Torori」金属製滑車輪,電線ト回轉接觸ヲナシ,電車二電氣を傳達スルモノ.鐡道の輕便貨車.

 

⑤その他調査

A 「紀州尾鷲地方森林施業法」明治38年発行 土井八郎兵衛 明治36年の第5回内国勧業博覧会用資料の再版。

  木材運搬台車が図示され、俗に之を「トロツコ」と称す。と紹介されています。

B 「森林土木学」大正二年発行 持田軍十郎著

  87頁 軌道=tramway

  88頁 鉄道=railway

  89頁 客車=carriage/貨車=wagon trolly

  ・この「トロリー」が、山林局関連では私の知る初出です。

C 「高野山国有林」昭和二年発行 高野営林局編

  21頁 トロリー

  ・この「トロリー」が、大阪営林局関連で私の知る初出です。

D 「PORTABLE RAILWAYS」1884年発行 「SCIENTIFIC AMERICAN SUPPLEMENT NO.446」 By M.DECAUVILLE

  ドコービル社が書いたポータブル鉄道の詳細な紹介記事です。その文中に以下の文言があります。

     the trucks carry double equilibrium tipping-boxes.These wagons・・・

     truck=平台車・荷車(鍋トロのトロ)/tipping-box=可倒式箱(鍋トロの鍋)/wagon=貨車(鍋トロ一台の事)   

・ドコービル鉄軌が日本に紹介されたのが明治14年頃。この論文は明治17年発表。「トロツク」が新聞に載ったのが明治19年という時系列です。日本に初上陸した時に、ドコービルが手押し運搬台車を「truck」と紹介した可能性があります。

・ドコービル氏は、もともとは、フランスはパリ近郊でサトウキビ畑と蒸留酒製造所を経営していました。重い荷物を運ぶための手段として、ドコービル鉄軌システムを開発したとされています。ここからは完全に想像ですが、彼の身近に「Truck(荷車)」があったのではないでしょうか。そして、自社の軌道上で使用する手押し運搬台車を「truck」と呼んだ。

 

結論

「トロリー trolley」のいいだしっぺ

・明治3年に始まる鉄道工事や、建設後の鉄道保線の為に、英国から招かれた技師たち

特に、鉄道保線の分野で、軌道上で使用する手押し運搬台車を「trolley」と呼んだのが始まりと思われます。最初は「ツロリー」と書かれました。「鉄道寮事務簿」という明治3年から10年にかけての貴重な文書が残っています。私では見ることが出来ないのですが、きっとこの中に正解が隠されている筈です。

「トロッコ truck」のいいだしっぺ

少し解説

・明治時代に日本人が初めて耳にする外国語は、聞き手が聞こえたままをカタカナにしていました。話し手の訛り、聞き手の訛り、誤字脱字誤植など様々な攪乱要素が含まれてしまいます。当時の外国人の名前がアルファベットで書くと一つなのに、日本語で書くと幾つも出てきて、特定に苦労することになります。

Decauville:ドコービル・ドコビール・土工ビル・ドコーヴィール

Gower:ガワー

ここまで、カタカナ語の解説をしたのは、「トロッコ」がまさにこの事象に該当するからです。明治初期に日本で「truck」と発音した人は、英国人・米国人・仏国人など様々。日本には「荷車」はありましたが、「トラック」というモノは無く、単語もありませんでした。

 「trolley」も同様なのですが、鉄道保線分野なので、全国で統一して使用するために、用語の標準化が必要となります。まず「ツロリー」とされ、のちに「トロリー」、近年では「トロリ」と規程され統一されています。

 「truck」は、まず、鉱山で使用され、次いで明治17年に鹿島岩蔵が鉄道土木で使用したことから全国各地の現場に広がります。当初は様々な書き方をされたと想像されます。そして、明治19年の新聞に「トロツク」、更に時が進み、明治31年の新聞に初めて「トロツコ」が出てきます。以降「トロッコ」で呼び名が統一されたようです。「トラック」が「トロッコ」になったのではなく、「truck」が「トロツコ」になり「トロツコ」で定着したのです。

 長い前振りになりましたが、以上から「トロッコ」のいいだしっぺでは無く、「truck」にいいだしっぺを紹介します。

 

「Truck」のいいだしっぺ

・いいだしっぺA=明治元年頃に日本最初の軌道を茅沼炭鉱に敷設した、英国人指導者のGowerとScottです。彼らが鉱石を運搬する手押し台車を「Truck」「Car」と呼んだようです。

・いいだしっぺB=明治13年頃、軽便軌道である「ドコービル鉄軌」を日本に紹介した仏国の「ドコービル社」です。開発者のドコービル氏は農家で醸造酒家でもありました。蒸気機関などの重量物の運搬の為に、軽便軌道と軌道上で使用する各種の手押し運搬台車を開発します。彼は鉄道家ではないので、運搬台車を、身近にあった「Truck荷車」と呼びます。これが、日本に紹介され、平野富二が販売し、鹿嶋岩蔵が鉄道工事に使用して土木業界に広まります。

 

番外「トロ」

文字に起こした資料上は、現代では「トロッコ」が最も多いと思いますが、実際に現場で使用されている言葉は「トロ」が最も多いかもしれません。高野山森林鉄道の軌道跡は、地元の方は「トロ道」と呼ばれる方が多くいます。当然「トロッコ道」と呼ばれる方もいます。では、「トロ」は「トロッコ」「トロリー」のどちらから来たのでしょうか?

私の結論は、「トロリー」から転化したものと考えています。

根拠は、大正時代には、「トロッコ」と共に俗語とされていた「トロ」が、現代では規程に正式採用されていることと、日本大百科事典に、「トロリー」から転化したと書かれていることです。

「トロ」が現代の規程に正式採用され、「トロッコ」がいまだに俗語扱いである理由の一つが、「トロッコ」がかつて商品名だったからではないかと考えています。明治24年に平野富二がドコービル鉄軌の専売権を返上した可能性が高く、自身の「石川島造船所」や、日本最初の列車製造工場である「平岡工場」で手押し運搬台車が作られます。この時、ドコービルとの差別化の為に「トロッコ」と言う商品名を使用したのではないか、そのために、規程に盛り込むことが出来なくなってしまったのではないでしょうか。たとえば、フェルトペンの事を、なんでもかんでも「マジック」と呼んでいますが、これはあくまでも商品名です。法令に記載すると「フェルトペン。俗にマジックと称す」でしょうか。